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名古屋でも「陰謀論」運動が活発化
要求をねじ曲げてはいけない
名古屋 杉田達郎
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コロナは嘘?
アメリカでは「Qアノン」というグループがコロナはただの風邪で大したことはないと主張したりしています。いわゆるコロナ陰謀論ですが、名古屋でもそういう人たちが去年の夏くらいから出てきました。
その人たちの中には秘密法反対運動や集団的自衛権反対運動に取り組んできた人たちや沖縄の辺野古基地や日米地位協定に反対して活動する人もいました。
この人たちの主張は「コロナはたいした病気でもないのにマスクを強要するのはおかしい」「インフルエンザのほうがたくさん死んでいるのにマスコミ報道がおかしい」「餅をのどに詰まらせて死ぬ高齢者のほうが多い」などというものでした。
9月には業務で多忙を極める名古屋市内の保健所にマスクもしないで集団でおしかけ、「PCR検査は遺伝子検査をしていると聞いた、私たちの遺伝子をどうしようというのだ」「検査をやめろ」と詰め寄り、保健所の担当者が遺伝子検査かどうかという質問に「そうですが」というと大声で「ほーらね! やっぱり遺伝子検査だったんだ! やっぱりコロナの検査じゃなかったんだ!」などと嬉々として言い合い、あたかも何かの証拠をつかんだかのような動画をユーチューブにアップするということまでしました。また彼、彼女たちは他にも愛知県感染症対策局や愛知県コロナ対策チーム、愛知県衛生研究所、岐阜県庁にもおしかけ「PCR検査はおかしい」「コロナ死者数は虚偽報告だ」などと言って抗議行動を行いました。
https://www.youtube.com/watch?v=iSQmpQfpOEA
ノーマスクデモ
その内実は
SNSを通じてノーマスクデモというものが告知され、実際に東京で行われましたが、名古屋でも連動して何回か行われました。主催した人は沖縄の反基地運動にもかかわったことがある人物で、ノーマスクデモ以外にも宗教政党である幸福実現党の元メンバー(現役かもしれない)が作った「一般社団法人武士道」なる団体と一緒になって名古屋駅前で街宣活動をし、コロナの存在そのものを疑わせるようなバナーを掲げて大人数でスタンディングデモを敢行しました。それらを目にした人々は、GoToのさなかでもあり、たしかにもしかして防御している自分たちはおかしいのかと思わされたことでしょう。彼らの主張は一貫して「コロナはマスコミが根拠もないのに騒いでいる。騙されるな」「すべての諸悪の根源は検査をすることに始まる。検査をやめろ」「マスクはむしろ健康に害」というものでした。
(参照)
https://www.youtube.com/watch?v=S0VMRnBB8_8&feature=emb_logo
「一般社団法人・武士道」のHPも参照
https://busido.or.jp/
また彼らは「意図的に陽性者が政治的に作られている」と言い、本当に恐ろしい病気が存在するならGoToなどありえますか、と疑問をあおります。たしかに政府のやっていることはおかしく、一見すると政府批判のように見えるため、懐疑的な気持ちを持った人たちがひきつけられていっています。彼らの主張はつぎのようなもので、一見、従来の左派的な批判に近いように見えました。
「ことさら危機感を煽るマスコミが作り出したJアラートのような作為的危機にすぎない」「同調圧力で民衆活動を萎縮させようとしている。マスク一色の社会などおかしいと思わないか。疑おう」「医療利権やワクチン製薬会社利益のために、民衆の貴重な税金と健康が差し出されている。税金が惜しくはないのか」「彼らは私たちを管理するマイクロチップを埋め込むためにワクチンを世界にばらまきたいだけなのだ」というのです。様々な社会の矛盾がたしかにちりばめられた話ですが、集約すると大がかりな陰謀が世界に張り巡らされ、それを隠しておためごかしに民衆を納得させるために「本当は存在しないコロナ危機がでっち上げられ、風邪程度のものが強調されている」というのです。従来の『陰謀論』と似ていますが、結局のところ菅政権のGoTo政策への問題追及がされず、五輪ほしさに日本政府が大規模な無料の検査を渋ってきたことを、「怠慢」「意図的放置」と糾弾する力を、完全にそいでしまっています。風邪程度なのですから。
フェイク運動と命名
このような運動を、フェイク運動と名付けてよいと思います。人々の不満や不安を吸収し、まったく違う矛先にぶつけていく。かつては関東大震災等の社会問題が起きた際に、でっちあげられた罪人に向け人々の怒りや混乱が吐き出されたことがありました。いままた労働者民衆の要求や菅政権打倒の声を、菅や自民党の失策とするのではなく、むしろ誠実に対応してきた医療従事者や保健所、確実に情報分析する医師やキャスターなどへの突撃を誘発させ、社会運動の火種を「意味のない暴徒」にしてしまおうという意図さえ感じられます。
あいちママの会
で起きたこと
すこし心配なのは「安保関連法に反対する、あいちママの会」のメンバーでこの運動に加わる女性たちが出てきたことです。彼女たちは安保関連法や沖縄の運動にも積極的に参加する社会運動を担う人々でしたが、若い男性リーダーの主催する「コロナを疑おう・自然に生きよう」という「お話会」に誘われ、疑問を持っているからこそ参加し、徐々に小さなロジックに反論ができないまま、同調していくという形で、まったく別の水路を形成し始めています。また意見の違う人に対しては「私たちは多様性だ」と居直り、友人関係があるからこそ遠慮や批判がしにくい中で、じわじわと広がりました。
ただし女性たちの投稿それ自体は、男性リーダーの焼き写しとはいえ、過激で冷血です。例を挙げるなら次のような投稿を続けてきました「どうせ平均年齢の高齢者だよ? 死んだってそれが何?老人なんか、餅を詰まらせても死ぬよ?コロナで死んだからって騒ぐようなこと?」男性リーダーのサイトにはその雛型となる投稿が次々と続きました「毎日何人の日本人が普段から死んでいるか」という数が掲げられたこともあります。マスクを敢えて目にはめた男性リーダーがやれやれというかんじで「人前で話すときには、マスクをつけろと言われた」とつぶやく言葉が掲載されたこともありました。そして大きな文字が画面にでてきます「人は死にます」。
まるで小さなことを大げさに騒ぐくらいなら、もっと大切なことがあるだろう?と言わんばかりです。この「言わんばかり」も1つのキーワードです。というのは「人は死にます」とか「厚生省が発表している、日本人の1日あたりの死亡者の数3279人」などの統計数字は、それぞれ間違いではないからです。
(参照)https://note.com/bokuranoearth/n/na2c7592ccf8b
しかし、順に追っていけば「ああ、ほかの件でもたくさん死んでるのに、なぜ私はコロナの死者数だけに踊らされちゃったんだろう。そうか風呂で溺死する人はこんなに多いのか。じゃ、コロナを気にしてる方がおかしいんだ」と誘導されます。
(その他、藤原ひろのぶnote参照
https://note.com/bokuranoearth)
こうして徐々に「手洗い消毒も不要」「常在菌の一種」などという表現さえ踊り、「細菌とウィルスの違い」さえ有耶無耶になり、「あなたの周りにコロナで死んだ人はいますか(笑)」などと書いたり、段ボール紙にその言葉を書いて写真をとったりしながら、傍若無人の様相を広げていきました。これまでのノウハウを生かして「こういう風に言ったら、洗脳が解けるかもよ」などと戦略を話し合ったりもしていました。
しかし、社会的想像力とは、自分の半径数メートルの外に存在する危機や災害についても、理解したり、寄り添ったりすることを意味するはずです。どうして目の前にコロナ死者がいないというだけで、「コロナが存在しない」「証拠を見せろ」という話になるでしょうか。彼らはついに厚生労働省に対して「コロナが存在するというエビデンスを見せろ」と書面で要求したり、「証拠を見せろ」という要求デモさえ行うようになりました。年末には、彼らの仲間が日本医師会の敷地内でデモを続け、退去命令に従わず逮捕もされました。
これを、活動論の中に位置づけると、「行動する保守」の流れに位置づけることができるでしょう。黙っているのはうんざりだ。左翼だけが主張するのも飽き飽きだ。「新しい提案を、より過激にやっていく、新しい右翼。右翼を超える右翼」として現れてきたのが、いわゆる「オルタナ右翼」で、現在のトランプの支持層がこれにあたります。日本でこれに相当する政治集団は、かつては在特会でした。「在留資格の不正義を告発する」という、まるで左翼のような形をとりながら、正義心をあおり、内容は保守をより先鋭化させたものでした。それがついに顕在化して来たのが、こうしたコロナ騒動といえるでしょう。
あいちママの会のフェイスブックページは、陰謀論者のあいつぐ投稿で「あの団体は愛知デマの会になった」と言われるなど、社会的評価を下げた挙句、内部調整のためと表面上は活動休止状態に陥りました。また従来しばしば機動力を発揮してきたデモや活動についても、「コロナはない」という活動をしたがるメンバーが存在する限りは、調整がつかず、活動にめどが立たない状況に陥っていると聞きます。
正しい知識と情報を
こうやってフェイク運動が社会運動を分断させ混乱と停滞を引き起こす様子を見ると、そこには資本の影を感じざるを得ません。男性リーダーたちの豪華なウェブサイトやお話会会場、会費は1人数千円と丁寧な半日以上のお話の後の懇親会。オルグのためのノウハウや資金が確実に存在すると考えられます。
こうして既存の草の根でつみあがってきた社会変革の運動が、あっさりととってかわっていくために、似たような「社会変革のフリ」をした社会運動=フェイク運動が最近増えてきたような気がします。このようなフェイク運動に騙されず正しい知識を身につける努力、情報収集と分析を怠ってはならないと思いました。何よりも仲間と組織を守るために必要なことだと思います。労働者民衆の要求の声をねじ曲げることを許さず闘いを組織していこう。
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